「みんなちがってみんないい」世界

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パステル書の講習会

先日、子どもたちが通う小学校PTA主催の成人教室に参加した。これは毎年PTAの主催で保護者向けに様々な講座、講演を企画、開催しているもので、今年の講座は「パステル書」。今年は私も学年委員としてPTA活動に参加しているので、企画立案、講座運営のお手伝いもさせていただいた。

 

今回の「パステル書」はPTA役員のお母さんのお友達が講師をしていて、ご紹介をいただき実現の運びとなった。ある程度年齢を重ね、色々な経験をしている女性が集まれば、どこかの誰かのつてで、どこかしらに素敵に輝く女性がいるものである。

 

今回の講師の先生もまさに同年代のお母さん。講座後に「「パステル書」を始められたきっかけやお仕事について、子育てについてお話をさせていただく時間があり、そちらも大いに参考になり、刺激を受けた。

 

子どもにとってのお母さんだけじゃない自分。家庭切り盛りする妻としてではない、社会との接点を持った自分。そんな自分探しの中で出会ったものを一つずつ、確実に自分の個性、技術、アイデンティティーとして確立されている女性は美しくて凛々しい。

 

今回は絵手紙のハガキにパステル粉を指につけて絵を描き、そこに墨で一文字をしたためると、いったもの。当日は先生が見本を2作品お持ちいただき、その見本にそって様々なパステルの技法を教えていただき、一人一枚の作品を完成させた。

 

用意された作品の文字「虹」と「幸」から、私は迷わず「幸」を選んだ。その時点で自分の中の「幸」というイメージが膨らみ、初めて指に触れたパステルの感触、指で紙に粉を広げ作り出す色の世界に、一瞬ではまってしまった。

 

手を通して描く色の世界はなんて温もりがあるのだろうと…。作り出したら止まらず、たぶんほんの数十分で作り終えてしまった。先生の作品や、技法のお手本から随分かけ離れたものが出来上がってしまったが、自分なりにココロの中の「幸」を描けたから満足した出来上がりだった。

 

そして、ふと周りを見渡すと…。参加したお母様方はきちんと先生のお手本にならい、技法を習得され、それぞれ個性を出しながらも教本にそった見事な出来栄え。全く別物を作ってしまったのは私一人だった。

 

「え、ヤバい、先生になんて失礼なことをしてしまったんだろう」と、後から後悔の念が…。最後にみんなの作品を黒板に張り付けて記念撮影をしたのだが、見事に私だけ違う作品。あ~、やってしまったと下を向いた。

 

私はこの時初めて、クラスの中で先生の言ったことをその通りにできない子どもの気持ちを理解した気がした。きっとその子なりに自分の想いがあり、自分の世界を楽しんでいるのだろう。

 

どうか、大人の皆さん、周りと違うことをやってしまう子供を責めないであげてください。きっとその子にはその子にとって自分の中に作られたイメージを変えることのできないこだわりがあるのです。それを良しとみなしてくれる世の中になるといいな~。

 

そして、思い出したことがある。米国留学時代のデザインのクラスで、私は驚いた。毎週出されるアートプロジェクトの課題、先生の指示通りの作品に仕上げていったのは私ともう一人の日本人留学生だけで、他の生徒は皆大胆に、先生が指示した規定から大きく外れた作品を作っていた。

 

その時、私は自分はなんて四角い人間なんだろうと、日本人としてのアイデンティティーを感じたものであった。数年の滞在だったが、この時感じたある種のショックが私の中ではずっと醸成され自分の個性の中にブレンディングされていったのだろう。

 

帰宅後にこのことを話すと、主人に「描きたいものがあったら、それは先生にきちんと習った後に、自分で自宅で作ればいい。行きなり習ったものと違うものを作るのは先生に失礼なのではないか」と…。本当に、子どもだったな~と、反省した。

 

もちろん、すぐに先生にメールを書いて、失礼をお詫びした。アートな世界でお仕事をされている先生なので、そんなことは全く気にしていらっしゃらないと、お返事をいただき安心したが、やっぱり私の行為は大人の社会ではあまり認められるものではないと、さらに反省をいたしました。あ~、これだから会社の中で働けないのかな…。

 

と、いろいろ考えることがあった講習会だったが、子どもを通しての素敵な出会いに感謝したい。

☆スクール&セラピー「Kukuna o ka la」
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